2005年8月18日(木)

[支那字入大白 三ツ星消」
膨大な量のディーラーズストック=アキュムレーションの整理は簡単には進みません。
誰かと話をしていて、確かに見たはず、と思っても、紛れ込んでいて出てこないのが多いのです。
売ってはいないので、どこかに有るし、見つかったものから順次商品化しています。
業者の競りの時は誰も良く見てなかったのですが、グラシン袋に発行順に並んだ、消印ごとのロットが有りました。大白4銭は1000枚程が目打ち別に分類されていたり、富士鹿の為替記号が「南」「連」ばっかりの袋とかも有りました。バザールまでに300円~500円の物ならば、多分、山程増やせるでしょう。
チョッと面白かったのが、支那字入大白20銭、目打がL12、C12x12・5、C13x13・5と揃ってました。同じ雰囲気の加刷なので、字体を詳しく見るまでもなく、偽加刷です。でも、かなり出来が良く、未使用や、SHANGHAIの欧文で、C12X12・5ならそのまま通用しそうな出来映えです。消印は全て櫛型非郵便の三ツ星消、局は外れて不明です。
この感じの加刷は、昔から、20銭と1円に有るのです。20年ほど前に、国内のオークションに2額面が続いて出て、その頃一生懸命、田沢を集めていたいた人に意見を聞かれました。実際に字体のみで判断すれば迷います。あの時は鑑定を薦めたのですが「鑑定」結果も私のそれとは異なったものだったと聞きました。関係者は既にこの世界にはいないでしょう。
消印が三ツ星なので、それを基準に考えるのです。字入りの使用地区は、「中国本土」「満州=中国東北」「山東半島」にしか有りません。例外的な持込やパクボーは低額の基本額面に限られます。だから、20銭、1円の三ツ星が使われ得たのかを分析せねばなりません。
大白なので、使用期間は大正2年後半~数年間に限られます。「中国本土」は明治40年5月~大正2年3月まで、「山東半島」は昭和3年の済南事変の軍事印にだけ、「三ツ星」は使われてます。でも「大白」期間とは重ならない。この2地域の場合は使われた可能性はないでしょう。「満州=中国東北」は三ツ星は全期間を通して使われてます。、でも字入り切手自体が、明治39~41年の約2年以外は「配給」されていない雰囲気です。だから字入大白は無理で
しょう。ただし無加刷は、1円の大連吾妻橋などは、最も多く目に付くものかも知れません。もしコレに加刷をしたならば・・・。
だから私の考えでは、「字入大白・三ツ星」は字体を見る前に、まず疑って手を出さないようにしたいのです。それに三ツ星で、局名が判るものは見ていません。問題になるのは、1円と20銭、そしてこの理屈は、「櫛型和文時刻入り」にも共通するデータです。もし、該当のものをお持ちなら、慎重に再検討された方が良いだろうと思います。参考までに、今回見つかったものの画像を載せておきましょう。