2006年12月13日(水)

「SHANAHAN’S STAMP AUCTIONS」 

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あと数日で前回のセールの精算が完了、引き続いて仕事のメインは、次回のセールの編集に移ります。
継続懸案の「事件」は明瞭に動いており、法に基づいての容赦ない措置を求めます。私の価値観では社会のルールに則ることが収集欲を満たしたり、自己体面の保持よりも優位するのですが、世間的にはそれが理解出来ず、本能の赴くままの、愚かな行為に出て、事が公に露見して恥をかき、身内や関係者に多大な迷惑を掛ける罪が分からない愚か者がいるのです。今後の私の取るべき行動は、1本の電話連絡を待ち、その内容次第で、躊躇なく法的な代理人に後処理を委ねることになるでしょう。好意的な情報提供も既に有り、足跡が消えない「オークション」というツールでの決定的な行為が為されたため、「争わない」本人の自供とも重ねれば、事実認定には困難は伴いません。あとは、長期間かつ大量な事案のため、証拠が不明瞭で、更には明確な意識のない被害者を如何に救済するかが懸案になるのです。もう少し、情報を精査すれば、時期・場所・物が特定出来るので建設的な行為が取れるでしょう。起きた不法行為は、視野狭窄者の体面を保つ為に内輪で穏便に糊塗するのでなく、事実に基づき不法行為者に責任を取らさねばなりませんから。
次回セールのファーストロットは、SHANAHAN オークションのカタログです。知識としては知られていても、現物を目にするのは初めての人が多いでしょう。1960年の少し前まで、1958年10月4日が74回、1959年1月31日が83回、4ヶ月で10回の珍品・希品を並べたセールを開催した、アイルランドの伝説的なオークションハウスです。そして、突然、忽然と消えた・・・。この話は今はやめましょう。
日本人にとってのSHANAHANは、74回のJAPAN POSTMARKセール。記事の編集=ディスクライバーは、若き日のO.KOREYWO。
今もしこのセールが有ったなら、アイルランドでもポーランドでも行ったでしょうに。このセールの別パートに出ていたのが、最初に郵趣市場に登場した「デグロン君カバー」が2通、先見の明の有る大家が本邦にもたらし、人を経て最良のコレクターの懐に抱かれているのです。
これ以外にも、この時期に日本に帰ってきた、手彫の外信カバーが我が社のセールに相次いで登場しています。今回のカタログの出品者は実際に入札されていて、そして未だに現役で意欲的に収集中・・・、でも分野はガラリと変わっているのですが。それにつけても思うのは、生半可な噂や情報を鵜呑みにして、事情を知らずに、「特定の宛先」は何でも「特定の個人」が作った偽カバーという輩、49年前のこのカタログを見れば、少しは違う判断力が生まれるかも。だから、情報を得ている人は安心して美味しい買い物が出来るのです。前回の鳥12銭ロ貼りの小型封筒。ここのセールに出ていたもので、物に安心感が有りました。あの時に、書いておけばもっと高くなったかも。でも、落とした人お一人がこの情報をお持ちだったなら、他の人では太刀打ち出来ないアドバンテージだったでしょう。滅茶安で落ちましたけど・・。
因みに次回の「ラストロット」の候補はいくつも有る。当初の本命は「数字45銭無目打銘付田型」、途中で「N3B3山家」が出てきて、その後旧小判の初出物、直近登場は「5厘の80面シート」、でもWEBで得た最新情報ではその可能性は消えたかな?確認が取れれば次回に書きましょう。
タイトルは「SCOTT NO 75」で決まってます。